【関西の議論】

 滋賀県長浜市に申請した生活保護が却下されたのは不当として、同市内に住むアルバイトの男性(40)が、市に処分の取り消しや生活保護の支給などを求めた訴訟で、大津地裁は今年3月、原告の請求をほぼ認め、処分の取り消しと生活保護の支給を命じた。男性は生活保護の申請当時無職で、所持金はわずか852円しかなかった。それにもかかわらず、なぜ生活保護を受給できなかったのか。背景には、全国的な生活保護受給者の急増や、不正受給の増加がある。(本間英士)


 ■保護申請却下

 判決や男性側の弁護人によると、男性は平成20年6月、病気で左半身がしびれ、当時派遣社員として勤務していた岐阜県内の自動車製造工場を解雇された。いわゆる「派遣切り」で、住んでいた寮からも出ていかざるを得なくなり、知人がいる滋賀県長浜市に転居し、人材派遣会社に登録した。

 
しかし、男性が体の「しびれ」の病状を人材派遣会社に打ち明けると、派遣先探しが難航。面接で次々に断られ、門前払いの日々が続いた。長浜市には親族もおらず、生活保護以外に経済的困窮から脱する方法がなくなった。そして21年4月、長浜市役所の生活保護窓口に向かうことになった。そのとき、男性が所持していた金額は、わずか852円だった。


 だが、男性の弁護人によると、市の担当者は男性に「人材派遣会社に登録しており、働こうとする意志がある。仕事をえり好みしているのではないか」などと指摘したうえで、「真に困窮している状況ではない」として、男性の訴えを却下したという。


 「本当にお金がなくて困っているのに、なぜ却下されるのか。納得できない…」

 
男性はそう思い、滋賀県に不服申し立てをしたが棄却された。ついに法廷で市と争うことを決断し、22年2月に大津地裁に提訴していた。

 
判決は今年3月6日にあった。大津地裁は、男性が生活保護を申請したときの状況について「能力を活用する場があったと認めることは困難」とし、「市は(男性の)就職活動の状況について十分な調査をしていない」と指摘。「男性は申請当時、生活保護開始の要件を満たしていた」と結論づけ、市に処分の取り消しと生活保護の支給を命じた。


 判決後の記者会見で、男性側の弁護人は「わずか852円しか持っておらず、頼る人もいない人の申請を却下したのは明らかにおかしい。地裁の判断は妥当だ」と力説した。


 ■行政が疑心暗鬼に?


 長浜市は結局、控訴しなかった。

 市はなぜ男性に生活保護を支給しなかったのか。

 長浜市に直接その理由を取材すると、担当者は「調査中」とのみ回答した。

 
市の申請却下について、長浜市の生活保護の実態に詳しい滋賀弁護士会に所属する弁護士の一人は「背景には生活保護費の受給者の急増と、不正受給の増加があるのではないか」とみる。滋賀県によると、今年1月時点で県内の生活保護費受給者は1万732人。平成19年(8048人)と比べると約25%増えている。

 
全国の受給者は、今年1月時点の厚生労働省の統計で、209万人を超えており、戦後長く最多だった昭和26年度の月平均の204万6646人を上回っている。


 一方、厚労省によると、全国で確認された生活保護費の不正受給件数は、22年度1年間で前年度より5629件、比率で2割以上増の2万5355件にのぼった。不正受給額は約26億6千万円増の約128億7千万円。不正受給の件数、額とも、過去最高を更新した。


 ここ数年の受給者で特徴的なのは、肉体的に十分働くことができる15~64歳の「働ける層」の受給が増加していることだ。世界的な金融危機を引き起こした20(2008)年の「リーマン・ショック」前は、この層の受給比率は全体の9%だったが、昨年3月時点では3倍の21%にまで上昇している。


 背景として、金融危機後、働き盛りの年代の再就職が難しくなっている事情が浮かび上がってくる。


 こうした「働ける層」の瓦解(がかい)は、生活保護費を支給する自治体の台所を直撃した。全国各地の市町村予算の歳出で、生活保護を含む扶助費が突出する事態が起きている。長浜市の場合は、24年度当初予算では、この扶助費は20・4%。10年前の14年度は6・4%で、3倍以上増えている。


 生活保護は、小泉政権後、厳しさを増している市町村予算を、さらに圧迫。しかも相当数の不正受給が疑われるだけに、受給数の削減が、自治体経営の課題として浮上している。


 「本来受給すべき人の審査でも、担当者が『不正受給かもしれない』と疑心暗鬼になってしまい、審査が適切に行われなくなる可能性がある」


 自治体の生活保護支給審査について、前出の滋賀弁護士会の弁護士はこう警鐘を鳴らす。

 不正受給の防止と適切な審査。自治体は難しい判断を迫られている。


 ■「全国最多」大阪市の改革は?


 生活保護受給者数が全国の市町村で最も多いのは大阪市だ。同市は不正受給防止に向け、矢継ぎ早の改革に乗り出している。


 大阪市福祉局によると、大阪市民約267万330人(今年3月末現在)中、5・7%にあたる15万2870人が生活保護を受給している。さらに市内24区の中で突出して受給者が多いのが、日雇い労働者が多い「あいりん地区」を持つ西成区で、人口12万737人(今年3月末現在)のうち、ほぼ4人に1人にあたる2万8340人が受給している。


 こうした状況を打開するため、市は今年度から、生活保護の不正受給者防止のための専従チームを結成。市内24区役所に専従員約80人を配置し、就労状況や収入、居住実態などについて調査している。

 
さらに橋下徹市長がぶち上げた西成区の特区構想では、労働者の働く意欲向上のために、受給者が仕事をして得た収入を、行政側が積み立て、受給状態から脱却し自立する際に、この積立金を一括返還する改革案が示された。


 改革案は、事務量が増えるなどの課題が残るものの、導入され成果があがれば全国の「モデルケース」となる可能性もある。


 一方、同じ滋賀弁護士会の弁護士は「朝起きて食べるものさえない人など、本当に生活に困っている人が大勢いるのも事実。そういう人たちに適切な支援が届くような仕組み作りが必要」と話す。


 不正受給の防止と適切な生活保護審査。そのバランスをとることは可能だろうか。

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